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奴が本気を出した瞬間。
鋼鉄の鳥――ジャンボジェット・ボーイング747がエンジンをがなり立て、空気をかきわけ猛進した瞬間。
僕の身体は重力の鎖から断ち切られ、腰はふわりと椅子から離れた。

そしてその状態のまま、飛行機は機首をより上に傾け、虚空にかけられたレールの上を走るように、
蒼天に向かって迷いなく直進していく。
体感的には、壁に打ち付けられた椅子に無理やり座らされているようだった。
ひどく力学的に不自然で不気味な格好。
いつの間にか椅子がなければ機体の外に放り投げられるぐらいに、飛行機の角度は垂直に近づいていた。

今にもそのまま機体が落ちそうで、思わず身を強張らせる。
だが、もし仮に落ちた場合、この堅さが致命傷にならないだろうか。
恐れを知らぬ赤子は3階から落ちても、かすり傷で済んだという。
それに対し、オトナになり恐怖を覚え、有事の際に硬直するようになると、
ただ路上で転倒しただけなのに、骨折という悲惨な結果をもたらすことさえある。
つまり、意識的に脱力した方が、墜落した時生き残る可能性は――高いのだ。

そう確信し、積極的に四肢の強張りをほどき、自然体で構える。
その時同時に、僕の中で、墜落を始めた時の覚悟は完了していた。

しばらくすると、乱気流に突っ込んだのか、飛行機が激しく揺れだす。
「だいじょうぶですよぉ。飛行機は、揺れません。」
搭乗前に確信めいた口調で僕を諭したアウさんの言葉が、脳裏にむなしく響く。
思わず、すがるように隣を見ると、
「あれは、嘘です」
とあっさり白状しやがるアウさん。
さらに、アナウンスも、
”現在大変機体が揺れていますが、飛行には影響ありません”
と機械的な声色を響かせる。
僕は、
「嘘だ!!!」
と叫ばざるを得なかった。


厚い窓ガラスを隔てて、雲が機体の側面をすべるように流れていく。
その雲の向こう側には、ミニチュアかと見紛うほどに小さくなった町並みが広がっていた。
日常では認識することがないそのスケールの違いに、
僕は人間という種の矮小さを思う。
「アウさん、もしこの飛行機のエンジンが停止し、落ちたら……どうしますか?」
彼は、指を顎にそわせ、しばし逡巡してから、
「猫のことを、考えます」
「なるほど、そういえばアウさんは人間がお嫌いだった」
カカカと笑う僕に対しアウさんは眉根をよせ、
「…そうは言っていませんがね」
と、反論し、こう付け加えた。
「ですが、この飛行機が落ちることはそうありません。エンジンが停止したらお手上げですが……
 もしテロリストが襲ってきても、アウさんが撃退してさしあげますよ。
 そんなことがあろうかと、CSOでイメージトレーニングを積んできたのですからね。余裕です。」
僕は、彼の眼鏡の奥の柔和な瞳に、不穏なものを感じた。
そう、まるでパニック映画によくいる、不測の事態に慌てる民衆を宗教でまとめるメンヘラ女のような……
危うい正気と狂気の均衡。
腐泥のように濁った、底を見せぬ暗い双眸。
アウさんの瞳に、僕は……人間は映っているのだろうか。
そんな僕の不安など存ぜぬような顔で、飛行機は激しい擦過音をたてながら、長崎の地へ降り立とうとしていた。
 
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「そ、そうだ……この負けは、ラスベガスで取り返せばいいんだ…」
京都へ向かう電車の中で、アウさんはうわごとのように、そんな呟きを繰り返していた。
僕は必死に聞き流しながら、呆然とするアウさんを携帯カメラで激写していた……。


京都駅につき、今夜の宿場を提供してくれるコンキリさんに連絡を取ったが、どうやら仕事で帰りが遅くなるとのことだった。
そこで、アウさんが急遽フィギュアを買いたいと仰ったため、京都駅の裏にそびえるビッグカメラに向かった。
目線で舐めるように、陳列されたフィギュアを品定めしていくアウさんの姿に、僕は畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
ほくほくとした顔で、けいおんフィギュアを抱く。
「ほぅ…ずいぶんと間接が多いですねぇ…。これは色んなポーズをさせられそうですよ…。」
――と、口角を歪ませ、レジに赴くのだった。


そして、どうやら今夜はもはやコンキリさんの帰りは終電ギリギリになりそうとの報が入る。
困っていると、アウさんが
「ピコーン!そうだ!らびっとの家に泊まろう!!それがいい!!」
と言い出す。
早速アウさんが電話をかけると、すぐさま了解してくれた様子。
急な中、快く引き受けていただいて、本当にアリガトウございます。
らびっとさんがいなかったら僕達は宿屋無しシステムでした。アリガトウ!

京都の私鉄に乗り、らびっとさんの縄張りに入る。
しばらくコンビニの前でうろうろしていると、バットモービルのような漆黒の大型車を駆りながら、
らびっとさんが降臨した。
ドアを開け、男らしい佇まいで、我々を導くらびっとさん。濡れる。

らびっとさんハウスに着くも、大阪の町を歩き回りあまりにも疲れていたため、すぐに就寝。
起きると、アウさんがらびっとさんの歯ブラシを捨てるという暴挙に出ていた。
アウさんの奇行はとどまることを知らない。

そして、らびっとさん亭を後にし、我々はついに空へ。
 

 

溶けた飴のようにぐったりとしながら、僕はアウさんに、例の店へいざなわれた。

「ここが君の所望の場所だよ、こげさん」
アウさんが掌を水平に流す仕草で、”入れ”と促す。
指し示す地下からは、ネオンの光と喧騒――いかがわしい猥雑な空気が、わずかに漏れていた。

そう。
今回の旅の最初の目的はスロットにて、九州への旅を豪華にするための資金を捻出すること。
そのために、事前にアウさんに下調べをしてもらっていたのだ。

恐る恐る階段をくだると、
薄暗く冷んやりとした地下の空気が茹った肌をなでた。
それと同時に、腹の奥に響く大音量のBGMが、耳朶をひっきりなしに叩き出し、
スロットから吐き出されるコインが独特の金属音を奏で始めた。

めまいがしそうなほど、騒がしい。
そのため、アウさんがなにやらパチンコの解説をしてくれているが、まったくといっていいほど聴こえない。
僕の耳に届く前に、厚い騒音にかき消される。
アウさんはしきりに口を動かしているが、残念ながら僕には読唇術の心得はなかったので、
結局何を言っているのかさっぱりわからなかった。
とりあえず、うなずき、わかりもしない了解の意思を伝えたら、
アウさんが暗い眼を泳がせながら、そっと札を二枚、僕の手の中に差し込んできた。

1万円札。2枚。
――これを軍資金にしろということか。
僕はそっとうなずき、歩き去るアウさんの背中を追った。

アウさんは迷いのない足取りで、整然と並ぶスロット台の間を縫っていく。
そして、ようやく一つの台の前に立ち、僕にそこに座るよう促した。

「これが、こげさんお望みの台…ひぐらしの泣く頃に、だ。あらかじめ場所はとっておいた。さあ、思う存分打つがいい。」

このこげという男は、重度のひぐらし厨である。
沙都子は眼に入れても痛くないほどかわいいんだよ!!とリアル妹に言い放つほどの重症である。
なので、もしスロットを打つ機会があるなら是非この台でと、アウさんに事前に頼んでおいたのだ。

…とはいえ、スロットなど一度も打ったことのないギャンブル素人の私。
2万円というそこそこの大金を一瞬で失いかねないこの鉄火場に、思わず喉をならさずにはいられなかった。
だが、そんな僕の懊悩をよそに、アウさんは事も無げに1万円札を台に吸い込ませる。

次の瞬間、大量のメダルが、ジャラジャラと軽快に、硬質の音を奏でながら受け皿に吐き出された。
――僕の記憶が確かなら、たしかメダルの換算は1枚20円。
すなわち、今この時よりあの2万円は1000発のメダルに置き換わったわけだ。

2万円の投資。
未だ学生の身分の僕からすれば、狂気を覚えざるを得ない暴挙だ。
――しかし、以前アウさんが教えてくれたことがある。
賭場を戦場とするならば、金は実弾。
いかに相手が瀕死でも、弾がなくなれば、トドメはさせない。
当たりが確定していても、メダルを撒き散らさせることはできない。
だから、必要なのだと。
うなるほどの弾が。山のように堆く積まれた、このメダルが。

それは同時に、今回のスロットが決して遊びでなく……勝ちに行かねばならぬ真剣勝負ということも示唆していた。
「ククク……まぁ、所詮は人の金よ。気ままに打てばいいさ。」
そう嘯くアウさんの眼は、決して笑っていない。
しくじれば許さない、そう眼が語っていた。



人体のチューニング機能というものは優れたもので、
打ち始めて10分も中で過ごしたら、既に周りの壮大な雑音は気にならなくなっていた。
ついでに、溶けるように目減りする残額も気にならなくなっていた。
麻痺していく…平常の感覚…!!
これがギャンブルの魔力…!!
気が付けば、既に残りの金はわずか3000円。
コンキリさんとの待ち合わせもあり、口惜しいが、ここでスロットは終了となった。


結果、僕とアウさんの収支合計……55000円の負け。
圧倒的敗北。
九州でのクルージングプランはもはや絶望的。
「イカサマッ…!!イカサマッ…!!うぅ…」
頬を濡らしながら換金するアウさんに、平謝りするこげ。
2匹の負け犬は沈痛な表情を浮かべたまま、大阪の町並みに消えていった……。
 
未だ誰も足を踏み入れたことのないとの噂の、アウさん宅ことカサンドラに突入してくるよ!!
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